2008年07月25日

B29が落した“ストーブ”

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                     2006/11/04 06:20 

先日、60年ぶりに一つの勘違いに気付いた。人間の記憶とか勘違いとかは、けっこうあるものである。たまたま、井上ひさし著の「東京セブンローズ」という本を読んでいた時に急に気が付いた。「東京セブンローズ」は、井上ひさしが17年かけて書き上げたという力作である。彼は、古書店で根津の団扇屋の主人の日記を入手してこの作品を書いたという。主人公の団扇屋主人の終戦をはさんでの前後一年間の物語である。私など、65才位で戦時の記憶を微かに残している年令層を、後期焼跡派というそうだが、自分の記憶に合致する事ばかりであり懐かしく読んだ。

今では、死語となっている防空頭巾 防空壕 軍管区情報 灯火管制 空襲警報 ボーイングB29爆撃機 パシュートP51邀撃機 艦砲射撃 配給 ララ物資 物々交換など久しぶりに聞く言葉である。B29が東京空襲の時、ジェル状になったガソリンを空から撒き散らし空になったドラム缶を捨てて行く場面があった。この場面で、ハタと過去の事実の勘違いに気付いた。私も子供の頃、同じような経験をした。私の家のかたわらにB29が“ストーブ”と焼夷弾を落として行った。今、思い返せば、命拾いした分けだが、当時はその“ストーブ”を重宝したものである、その後“アラジン”というその当時にはダイピットした英国製の石油ストーブを買うまで使った。

直径15cmで長さ30cm位の不発の焼夷弾は、恰好の台敷でクギの頭を潰したり鉄板を叩き出すのに便利な代物だった。小学生の低学年までB29が完成品のストーブを落として行ったとばかり思っていた。だが高学年になって、このストーブを家で作ったと知った。それならば、“ストーブ”のままで落ちてきたのではなく、鉄板の状態で“ヒラヒラ”落ちて来た物だと気が付いた。“オマケ”としてに、鉄板の延圧加工に便利な焼夷弾が「工作キット」として付いて来たのは幸運とさえ思えた。だが“東京セブンローズ”の中で老人が「ドラム缶爆弾じゃ、ドラム缶爆弾じゃ」と狂気する場面で一瞬にして「ストーブ」の正体を知った。たまたま空のドラム缶と、たまたま不発の焼夷弾がセットになって落ちてきたのだ。僥倖としか言えない。日本全国には、かなりの数のドラム缶が投下された筈であり、同じ様な経験をした人も多いはずである。

「東京セブンローズ」は、主人公の団扇屋の2人の娘を含む7人の「東京ローズ」が当時、日本語をローマ字化しようとする進駐軍の策動に対し「国破れて、国語あり」と立ち向かう話である。「東京ローズ」とは、米国籍の日本女性で米兵向放送した事で、80才に成るまで米国籍を剥奪されたアイバ戸栗ダキノさんのことである。日本語の名手である井上ひさしは、7名の東京ローズに日本語に対する思い託したのだろう。たしか、あの志賀直哉でさえ「日本語を捨て、美しいフランス語にすべき」と主張していたものだ。哲人シオランの言によれば「人間は、国土に住むものではなく、国語の中に住むものだ」ということだ。日本語を話す者は、日本人と言う事になれば、少子化による人口の減少なぞ、恐るるに足らずだ。日本語を話し、物を持上げる時「セーノ」で一緒に持てたら立派な日本人だ。

posted by 語り部同人 at 15:29| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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