2008年07月25日

「坂の上の雲」の紙芝居

1133-thumbnail2.jpg                     2006/11/05 07:00

今、久しぶりに司馬遼太郎の「坂の上の雲」(全8巻)を読み返している。この小説は、もともと昭和43年4月22日から47年8月4日まで、足かけ5年間、1296回にわたり「産経新聞」の夕刊に連載された新聞小説である。新聞小説なので毎回一枚の挿絵が付いていた。挿絵画家である下高原健二によって描かれた挿絵である。当然ながら、出版物になってから挿絵は外されている。文庫本を読んでいて、むかし、新聞で見たあの挿絵が懐かしくて、切抜いておいた1296枚の挿絵を引っ張り出して整理してみた。挿絵を見ていて気付いたが、モノクロでデフォルメされた絵柄は写真と違って事の本質が良く表わされている。戦艦三笠と人物の大きさの比較、戦艦と巡洋艦の大きさの違い、魚雷を抱いて敵陣に飛びこむ海の刺客“駆逐艦”の木の葉のような小ささ、28センチ榴弾砲の規模、ペルシャ人の服装、シナ人の風習、登場人物の表情あるスケッチなど文章では表わしきれない部分を見ることができる。また、モノクロなるが故、血の色を見ずに叙事詩を垣間見るようである。

司馬遼太郎は、生前ことあるごとに、「坂の上の雲」だけは映像化させないと遺言の様に言っていたのは「血塗られた映像」を嫌っての事ではないだろうか。しかし、著作権の相続者である御夫人からNHKが映像権を手に入れ二年後に大河番組として75分で20本の放映を予定しているそうだ。通常の大河番組の予算が一本6000万円のところ一本につき4億円の予算をつけるそうだ。総額80億円である、くれぐれも、原作に素直な編集を望んでいる。

「坂の上の雲」が新聞紙上に掲載された38年前には、日韓条約も日中条約も締結されていない時代であった。通常、平和条約を締結するという事は、すべてを“ご破算”にして“手打”をして以後、異論をとなえないのというのが国際法上の常識である。しかし、中国、韓国ともに、いまだに“歴史認識”という“手口”で内政干渉をしてくる。もし「坂の上の雲」がいまの時点で出版されたなら、彼等は、いちいち口をさしはさむに違いない。まことに良い時期に「坂の上の雲」は出版されたものだ。時代的にも日本が自信に満ちて高度成長を遂げていた時期であり、安心してゆったりと日本のルーツをたどるのに最適な時期であったと思う。この作品を読んで自虐史観から脱した人も多かったと聞く。

“坂の上の雲”は、これまで多くの人々に広く読まれてきており“坂の上の雲”を求めて、とか“坂の上の雲”を目指して、と言うだけで一瞬にして理解しあえるキーワードとなっている。「坂の上の雲」は、日本の近現代史を振り返る上でまたとない手本と言えよう。 今年の「菜の花忌」で司馬遼太郎夫人の福田みどりさんの談話で「司馬さんは、坂の上の雲を世界の人達に広く読まれる事を望んでいた」といっていたので、翻訳があるのかと思ったら、英訳もこれからだという。マサチュセッツ工科大学の日本語学者ウイリアム・ナフ名誉教授によってただいま英訳中ということだ。もっと早く英語版を出して世界に発信するべきだった。世界にはまだまだ、「坂の上の雲」を見上げている国がたくさんあるのである。万国公法という国際法をこれだけ健気に遵守した国家が日本以外に世界史上あっただろうか。

語り部倶楽部では、現在「坂の上の雲」を紙芝居形式の瓦版にしておりますので、ご覧下さい。
posted by 語り部同人 at 15:32| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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