2008年07月25日

“セーノ”で持てたら日本人

                   2006/11/07 06:00                   
                     
多分、昭和30年の頃だったと思う、今でも出版されている筈だが「リーダース・ダイジェスト」と言う外国文化を覗き見る窓口として貴重なアメリカの雑誌があった。その時代、本屋でも飛ぶように売れた雑誌である。なんとも、今なら中途半端なB6サイズで、ポケットに押し込めることの出来る大きさだった。外国を見たい、知りたいという好奇心で当時は良く売れた雑誌である。今も発売されていると思うが,あまり見かけることがない。

日本の自動車産業が、勃興の緒に付いたばかりのころだ。記事の細かい内容は、殆ど忘れてしまったのだが、ラリーに参加した日本チームが、再三にわたり転倒した車を起こす時“セーノ”と言って持上げる。我々にとっては、ごく当たり前で何の不思議もない掛声だが、外国人には、かなり奇異に思えたらしい。“セーノ”のどこが1で、どこが2で、どこが3なのか計りかねたらしい。そして、日本チームを“ミスター・セーノ”と呼ぶことになる。

“セーノ”は、今でも、一般的に使われている。若者や子供達の間では“イッセーのセ”と言う掛声も有る様だが、所詮“セーノ”の亜流バージョンと言ったところだ。良く考えてみると“セーノ”といった切れ目の無い掛け声は、不思議な掛声である。“セーノ”の最後の“ノ”など音も無ければ力も無い。そこの一点で、物を持上げようとするのが、外国人には理解出来ないのだそうだ。これは“気合”と言うものかも知れない。このリズムと気合こそ日本人を日本人たらしめているアイデンティティーではなかろうか。

古代の、吉野ヶ里でも三内丸山でも登呂でも出雲でも“セーノ セーノ”の掛声で土木工事が行われたのだろう。さらに、文字の無い古代に設計図はどうしたのだろう。たぶん、水前寺清子の“365歩のマーチ”の歌のように「3歩進んで2歩さがる」と七五調で記憶して頭に入れて“6尺進んで 5分下がり”などいと言って勾配を出したり。「3尺丸太は芯柱」「コナラの角材根太にせよ」「ケヤキの木目は表出し」「鴨居の角に太鼓鋲」などと言っていたのではなかろうか。テレビのバライティー番組で“モー娘”とか言うアイドル達に物を持たせると“セーノ”と言っているのを聞くと、民族のアイデンティティーここに存すと思わざる得ない。“セーノ”で物が持てたら“日本人”にしたら、どうであろう。

posted by 語り部同人 at 15:37| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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