2008年07月25日

巣鴨に来た“ヤポンスキー”

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もう13年も経ってしまったが、冬の寒い或る日の事だ。毛で覆われた寒冷地用のロシア帽を被りスターリンやブルガーニンの様な特異な服装をした一団が、巣鴨に来た。どこから見ても日本人の容貌だが、風体から見てどこかちょっと違う様子だ。日本人そっくりのカザフスタンなどの人達かと思ったほどである。しかし、彼等は、ロシアに残留した“ヤポンスキー”だと名乗った。成立後74年で崩壊してしまった“ソビエト・ロシア”からの帰国ということらしい。あまり立ち入って聞けない事情が有ると察せられる。

戦後、ソ連に残留し得たのは、まさか小野田さんの様な愛国的残置蝶者ではあるまい。残置蝶者を見過ごす程、当時のソ連は甘くはなかろう。“抑留”と言う名の“拉致”で60万人をシベリアに拘束し6万人を“白樺の肥やし”にする事を手伝い、さらに祖国ロシアと叫び、密告に次ぐ密告で仲間を裏切りソ連に亡命した人達としか考えられない。戦後、よくシベリア帰りの方々からご苦労話をお聞きしたものである。彼奴だけは、生かしておけないと言われた“袴田天皇”と言う名も昔、聞いたことがある。

それから大分経ってから、産経新聞の「正論」というコラムでロシア問題の論客で青山学院大学教授の袴田茂樹の一文を目にした。彼は、自分と家族の事を赤裸々に書いていた。氏は民間出身初のロシア大使の呼び声も高いと聞く。彼の父は徳田球一、志賀義雄、野坂参三と共に共産党の指導者だった袴田里見だと言う。そして、袴田里見の弟こそ戦後ソ連に亡命しシベリアの“袴田天皇”と恐れられた袴田睦奥男である。「教師の子はグレルとか、牧師の子はグレル」とよく言われるが、正にその通りである。同じくロシア生れの袴田睦奥男の娘も学生時代から実の父に反発し、共産主義にも反発し自由主義を標榜し「経済自由党」を結成し書記長に就任する。目指す処は、日本の「自由民主党」だと言う。

今、ロシアで保守とは頑迷固陋な共産主義者を言い、革新とは、自由経済路線を採る者を言うらしい。日本で言うところの「保守 革新」とは正反対である。袴田睦奥男の娘とは、先般新聞紙上をにぎわし、昨年のロシア大統領選でプーチン大統領に果敢に挑んだイリーナ・ハカマダだということだ。歴史の皮肉としか思えない。74年もかけてコノザマである。共産党宣言の冒頭に「ヨーロッパに妖怪が出ると言う。共産党と言う妖怪が」と書かれているが、当時の人々の“直感は誤たず”である。誤ったのはそれに対する“判断”である。しかし、このイディオロギーの残した罪は大きい。フランスでいち早く出版された「共産主義黒書」に依ると共産党が抹殺した人数は、ソ連2000万人 中国6500万人 ベトナム100万人 北朝鮮200万人 カンボジア200万人 東欧100万人 アフリカ170万人 総計1億人だということである。

ヨーロッパや東欧でマルクス主義を唱えた学者達に対する世論による追撃戦は厳しく、彼等に残された仕事は運転手か肉体労働のみと言う状態である。妖怪の末裔もだんだんと残り少なくなって来たが、未だに我国には“妖怪”を信奉する者達が跋扈している。日本人の場合、寛容と言うのだろうか、遂に彼等に対する追激戦を行わなかった。識者は“武士の情”だと言うが、それは論理上の怠慢であり思想の怠惰なだけだ。既に、彼等は新しい“見栄えの良い衣”に着替えてしまった。人権派、緑を守る環境派、無性別ジェンダーフリー、反戦平和、自虐史観、 NGO法人(nongovernmental organization ) NPO法人(non-profit organization ) オンブズマン 市民運動 OOを守る会 人間の鎖 などなどに見事に変身してしまった。  キオツケロ!!  

posted by 語り部同人 at 16:03| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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