2008年07月25日

きょう“朝顔”が咲いた

                      2006/11/21 04:00 

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秋風が吹いたと思ったら、たちまち11月も下旬を向かえることになってしまった。人形町の“べったら市”が終り、“一の酉”も“二の酉”も済んだ。今年は“三の酉”まであるそうだ。巣鴨では、恒例の菊祭も終った。気の早い所では“クリスマス・ツリー”の飾りつけさえ行われている。まあ、どちらかというと最早、冬の季節感のほうが漂う。と、こんな時期に我が家では、なんと今日も朝顔が咲いた。あと3芽残っているのでいつまで咲き続けるか楽しみである。

もう、26年間も朝顔と付き合っているが、こんな年は初めてである。毎年決まったように浅草の“朝顔市”に出店している巣鴨の露天商の親方からの頂き物である。巣鴨の全商店がその頂き物の朝顔を毎年店頭に飾っている。巣鴨の街の“夏の風物詩”の一つでもある。夏は見事に朝顔のオンパレードとなるが、店頭から一つ欠け二つ欠けてしまって残るは、私の所だけのようだ。毎年、遅い時期までもたせている方なのだが、今年はどうしたことか9月に入るやほとんどの葉がなくなってしまった。

「今年は、終わりが早いね」と言っていたが、その原因は青虫だった。綺麗に食べられてしまい枝を残すだけの無残な姿である。捨ててしまっても惜しくない様な鉢だが、とりあえず残しておいた。そして、10月に入ると、驚くなかれ毎日花を付け出したではないか。なんとも奇妙な生命力であると感心しきりである。

生命力というと、二つの生命力の話がある。今年のはじめに友人がきて「癌という診断がでて、今年いっぱいと言われたので、お別れに来た」という。こんな場合なんと慰めていいのか言葉につまる。だが、この宣告されていた死期を前にして全身に転位していたという彼の癌はがだんだんなくなってきている、というのだ。思うに、彼が以前から生活信条のようにしている“世の中、なんとかなる”という言葉が支えのようだ。彼が中学校で苦しかった時、先生が“世の中、なんとかなる”という言葉を教えてくれた、そうだ。それ以来、彼は、事ある毎にこの言葉を呪文のように唱えるのだという。“なんとかなる”という大いなる“楽観”が生命の復活をもたらしたものだと思えてならない。

いまひとつの話は、近所にいた新聞配達の“お兄ちゃん”の話である。大塚に癌研があった当時のことである。彼の父親が癌研に入院した。ある時、彼は嬉しげに「父はほとんど治りました」といった。そして、しばらく後、悲しげな顔をして「父が亡くなりました」と話した。当然癌で亡くなったものだと思い「やっぱりだめでしたか」と慰めた。しかし、彼の話は「いえ、癌で死んだのではありません。癌はほとんど完治してました」という。「ではなぜ」と聞き返す。「癌研の階段で足を滑らせて、頭を打って死にました」という。聞いていて、失礼ながら吹き出しそうになった。

このごろ、諸外国の科学者達もこの世の動きを“サムシィング・グレート(偉大なる者)”の力が働いているとも言っている。私達は、人智の及ばぬ事が多いと知るべきである。まして、人の寿命を断定するなどという“罰当たり”なことは厳に慎むべきである。

posted by 語り部同人 at 16:16| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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