2008年07月25日

チンチン電車の通る町 “巣鴨”

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巣鴨は、今では最後の路線になってしまった懐かしの都電“チンチン”電車が通る町である。往時の最盛期には都内を42路線で縦横無尽に走りまわった都電も、時の流れかこの都電荒川線を残すのみだ。早稲田から三ノ輪橋までの12Kmの距離を約1時間で結んでいる。早稲田から神田川沿いに思案橋 鬼子母神 学習院下 大塚 飛鳥山 王子 荒川遊園 町屋 三ノ輪橋 と続く。東京の繁華街を避け路地裏を走る姿は、丁度、昭和30年から昭和40年の趣がある。この路線が生き残ったのは、繁華街をはずれていたのが幸いしたのかも知れない。“あの時代”を知らない若者達も懐かしさを感じる日本の原風景である。電車沿いの裏路地の風景は昔のままで、植込み、盆栽、鉢植や水遣りの光景や線路脇の遊び場、通りすがりに家の中まで見えてしまう家並は、“足るを知る”という言葉がぴったりの清潔で心地よいたたずまいである。南こうせつの“神田川”に歌われている「貴方は、もう忘れたかしら 赤い手拭いマフラーして 二人で行った横丁の風呂屋・・・・・」のメロディーがお似合な路線である。

全線160円だが1日400円の乗り放題の切符は、中高年だけではなく若者達にも都電の“小さな旅”として、なかなか人気がある。巣鴨の東の玄関口は、JRと地下鉄三田線の巣鴨駅だが、旧中仙道沿いに東西に一直線に伸びる商店街の西の入口が、都電巣鴨の庚申塚駅ということになる。庚申塚は、言わずと知れた庚申様である猿田彦を祭っている。今年で開基504年になるという小さな社がある。日本の習俗として「勧請」と言って特に来てもらいたい神様に御出で願うのである。

昔々の巣鴨の住民は、猿田彦と大己貴(おおなむち)と小名彦名(すくなびこな)の神様を勧請して御出で願った。猿田彦は、鼻の長い異相で天狗のような大男である。天照大神の孫の“ニニギノミコト”が地上に降臨する時に道の先導をした事で“道の神様”とされている。大己貴(おおなむち)はまたの名を大国主と言う。大国主が国を治める時、何処からともなくガガイモと言うイモの実の船に乗ってチッチャナ神様である“小名彦名(すくなびこな)”が手伝いにやってくる。橋の懸け方や病気の治療、農作物の栽培方法、病虫害の駆除などの技術指導をして秋の実りの後、稗の穂先をしならせてヒョイと天上に帰って行った神様である。

猿田彦は、どこの田舎の祭でも天狗の恰好で祭の先導を勤めている。小名彦名は、一寸法師や福助の形で今に伝わっている。これが、古事記や日本書紀に書かれた神代の時代の民族の物語である。どこの村にも町にも、お社が有り、道標の庚申様やお地蔵さんや氏神様や御神木などがあるはずである。元朝参りに土地の由緒や言伝えを語りたいものである。どこから話始めても記紀の物語に行きつくはずである。皇后陛下は、お若い頃に「神代の物語は“事実”でなくともその中に“真実”が含まれていると思う」と話されていたが、古くからの言伝えは大切に残したいものである。

posted by 語り部同人 at 16:27| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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