2008年07月25日

巣鴨では65,6は鼻タレ小僧 女盛りは7,80 

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巣鴨は、とげぬき地藏尊で知られる高岩寺の、いわゆる門前町である。 “お年寄りの原宿”とも呼ばれ、毎月4・14・24日の縁日は、沢山のお年寄りがお参りに集まる。 お伊勢参りや善光寺参りが、女性のレジャーであった事と同じようなものです。 巣鴨の魅力は、何かというと、なんと言っても“よそ行き”を着なくても普段着のまま出かけられるということでしょう。“ちょっと そこまで”の装いで出かけられる、そんな町です。 商店には、今なら“ムームー”と言うのだろうが、昔は「簡単服」とか「アッパッパー」といった洋服やモンペとスラックスのアイノコの“モンスラー”という巣鴨独特のズボンもある。

今は亡き勝新太郎の若かりし頃の写真や、眠狂四郎の市川雷蔵、紅孔雀の中村錦之助、東千代ノ介の白黒の懐かしいプロマイドが店頭を飾っている店もある。そんなセピア色の思い出が沢山のこっている町です。 さらに、「言葉の訛は、お国の手形」とお国訛りが、大手を振ってまかり通る大きな田舎町だと言うこともいえます。 「ノーテンファイラー」(馬鹿)という、いまでは化石のような言葉が“ノテ”という言葉で残り、それが今なお通用する。「後生楽」という言葉も生きている「言葉の依代」の町でもある。 たぶん昭和30年代の面影を残した町の雰囲気が、人を引き付けるのでしょう。

近頃、レトロな町並みがブームのように好んで作られているが、仏造って魂入れずの感を免れな
い。 巣鴨の町の雰囲気には、お地蔵さんを取り囲んでいる、昔からテキヤ、香具師(ヤシ)と呼ばれ、江戸300年の伝統を今に伝える露天商の存在は、欠く事ができない。 いまだに、サービス品を“御渡品”(オントヒン)と言う“お祭屋集団”の存在は大きい。 かつて、仙台で露天商を排除し、東京では、渋谷で露天商を排除し町の性格と面白味を失ったという。地方出身者、早い話、田舎者にとって露店は地方の町々に、江戸弁のキレイな口上で都会の庶民文化をカーバイトの匂いとともに伝えてくれた懐かしい存在である。日光写真、海ほうずき、地球ゴマ、ベーゴマ、でんすけ、水貼り絵、綿飴、チンドン屋など思い出深い。

この頃テレビでは、世の識者という輩が、したり顔で高齢化社会を、嘆くが、どうしてどうして年寄りとて実際には、なかなか達者なものである。 この頃、「私って、100歳は楽にいけそう」と言う言葉を良く聞くようになつた。 人生125歳説が、現実味を帯びて感じられる。 私は、今年67才になりますが、この町では、いまだに「お兄ちゃん」とすら呼ばれることが多い。まことに有難い町である。他所では、なかなか、こうはいかない。 「六十四、五は鼻タレ小僧 女盛りは七、八十」といったところである。

毎年の初詣で、明治神宮に400万人以上の人々がお参りしている。 その理由は、八万とも言われる全国の鎮守の森と十万以上の里山の樹木と土石を持ち寄って作られた“日本の鎮守の森”だからである。 だから米穀通帳と外食券を持って上京した地方出身の者達は、故郷に帰省できない時には、故郷の香りを求めて神宮の森に集うのである。 その数が、400万である。どこの田舎にも、故郷の鎮守の森から明治神宮の森に樹木を運んだ言い伝えが、必ず残っているはずである。 それと同じように、巣鴨は人と人とが、大きな里山を成し、お国訛りの「言の葉」の幸はう町である。

先日、年寄り仲間で方言の話に及び「気象衛星「アメダス」で話が弾んだ。 「アメデス」「アメダス」「アメデッセ」  「アメドス」「アメダベ」「アメダッペ」 「アメダラ」「アメダニ」「アメダッチャ」 「アメバイ」「アメダガ」「アメダンベ」と・・・・・さて、あなたの町では、なんと言うのでしょうか。


posted by 語り部同人 at 16:40| 語り部倶楽部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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